【書評】渋沢栄一「論語と算盤」を読む

2021年5月8日

1916年(大正15年) 出版 2008年角川ソフィア文庫版
著者 渋沢栄一

実業界の父と呼ばれる渋沢栄一さんの本です。
多くの経営者、ビジネスマンに読まれてきた本書では、現代日本が見失いつつある道徳観を記していると言われます。

  • 道徳・道理とは何か。漠然としているから、はっきりさせたい
  • 人付き合い・仕事に悩んでいる。誰かに背中を押して応援してもらいたい
  • 渋沢栄一さんに興味がある。どんな人だったのか知りたい

このような皆さんに、おすすめしたい一冊です。

目次

「論語と算盤」とは、どんな本?

著者「渋沢栄一さん」とは、どんな人?

特集で書きたいくらい様々なことに取り組まれた、実業界の父とも言われる偉人です。
論語を軸に置き、国家レベルで明治維新後の日本を築いた一人になります。
2024年から新1万円札の顔になることが発表されました。
参考:財務省-新しい日本銀行券及び五百円貨幣を発行します(2019/4/9)

新札に先駆けて、2021年1月には大河ドラマでも描かれます。
参考:NHK-晴天を衝け

こんな凄い渋沢栄一さんの簡単なプロフィールはこちらです

  • 1840年 武蔵国榛沢郡血洗島村(現 埼玉県深谷市血洗島)で生まれる
  • 1863年 志士を目指し、京都に出る
  • 同年 志士では行き詰まり、交友関係の縁から、一橋慶喜に使える
  • 1867年 慶喜が15代将軍となり、幕臣になる
  • 同年 徳川昭武(慶喜の弟)のお付きとして、フランス-パリ万博博覧会に向けて渡航する。
  • 同年 万博博覧会後、昭武と共にヨーロッパ各国を訪問視察
  • 1868年 大政奉還により帰国
  • 1869年 静岡で慶喜と面会。自分の道を歩むよう拝受する。
  • 同年 静岡で商法会所を設立するが、大隈重信の説得により、大蔵省に入所する
  • 1873年 大蔵省を退官。第一国立銀行(現 みずほ銀行)の初代頭取に就任する。
  • 1886年 「龍門社」を結成。渋沢邸に寄宿する青年達の成果発表の場とする。
  • 1916年 「論語と算盤」を出版。
  • 1931年 死去。享年92歳。
  • 出典:Wikipedia-渋沢栄一

実は東京駅と神田駅の間に位置する「常盤橋」に銅像が立っていることを先日知りました。
日本の中心地で、東京駅を向いて、今も見守ってくれています。

東京都千代田区 常盤橋 渋沢栄一像

「論語と算盤」があまりに有名ですが、次のような書籍も執筆されていました。

なぜ、本書を執筆したのか (考察)

まず、本書の冒頭でこのように語られています。

富を成す根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することはできぬ。ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめることが、今日の緊要の務めと自分は考えているのである。

論語と算盤 処世と信条「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」より引用

・論語→道徳→ぼんやりとした、尊いもの
・算盤→商売→実利の伴った、欲深いもの
この対極にあるような2つを「一致させる」と渋沢さんは語っています。これが本書の目的です。

なぜ、このような考えに至ったのか。
次のエピソードが渋沢さんの中での始まりだったように語られます。

いよいよ銖錙(しゅし)の利もて、世渡りをしなければならぬが、志を如何に持つべきかについて考えた。
その時、前に習った論語のことを思い出したのである。論語にはおのれを修め人に交わる日常の教えが説いてある。
〜〜中略〜〜
金銭を取り扱うが何ゆえ賤しいか。君のように金銭を卑しむようでは国家は立たぬ。官が高いとか、人爵が高いとかいうことは、そう尊いものではない。人間の勤むべき尊い仕事は至るところにある。官だけが尊いものではないと、いろいろ論語などを授(ひ)いて弁駁(べんばく)し説きつけたのである。
そして、私は論語を最も瑕瑾(きず-傷)のないものと思っていたから、論語の教訓を標準として、一生商売をやってみようと決心した。それは明治六年の五月のことであった。

論語と算盤 処世と信条「論語は万人共通の実用的教訓」より引用

渋沢さんは元々、大蔵省に務められていた官僚エリートです。そんな彼が30代にさしかかり商人になると宣言します。その辞職する様子は、内閣と喧嘩したのか?と、周りからは見られていたそうです。そこで引き止めてくれた友人に対して、論語を引き合いに語ったエピソードが上記になります。ここから渋沢さんは様々な先生の下で論語を本格的に学びつつ、商人・実業家の道を歩み始めます。

どんな目次?

本書は、大きく10章で構成されています。

第1章 処世と信条 ・・・ なぜ論語なのか。なぜ道徳なのか。渋沢流の人間観察法とは。
第2章 立志と学問 ・・・ 急いで立志せず、しっかり組み立てなさいと教えてくれます
第3章 常識と習慣 ・・・ 智識・情愛・意思の調和発展という常識の説明は目から鱗。
第4章 仁義と富貴 ・・・ 罪は金銭ではなく、人の心にある。昭憲皇太后の歌が刺さります。
第5章 理想と迷信 ・・・ 国際問題に触れている章 当時は第一次世界大戦後期にあたります。
第6章 人格と修養 ・・・ 偉人が多く登場します
第7章 算盤と権利 ・・・ 孔子とキリスト考察など思慮の広さが伺えます
第8章 実業と士道 ・・・ この章にのみ出てくる「有無相通」という言葉。これがとても本質的です。
第9章 教育と情誼 ・・・ 師弟関係の在り方、女性教育の根源論、中流教育の徳育欠如など重点テーマを語る。
第10章 成敗と運命 ・・・ 精一杯学ぼう。勝ち負けではない。やるだけのやれば、後は天命とエールを授けます。

読書後の感想

「常識」を説明してくれた、初めての本

個人的に1番刺さった第3章。
「常識」と呼ばれるものには否定的であり、ただの夢想だと私は思っていました。
しかし、この本では「常識とは何か」を力強く説明しています。

「智・情・意」の三者が各々権衡を保ち、平等に発達したものが完全の常識だろうと考える。
さらに換言すれば、普通一般の人情に通じ、よく通俗の事理を解し、適宜の処置を取り得る能力が、すなわちそれである。

論語と算盤 処世と信条「常識とは如何なるものか」より引用

「常識」を「能力」と説明しています。また「発展」させることもできるそうです。
つまり、日々勉強・訓練しないと身につかないものであり、その時々で状況を見極めてくことが必要なものなのだと解釈しました。このような説明を受けた経験がなかった為、大変な学びとなりました。

数々の歴史的偉人が登場

歴史を彩る偉人達のエピソードを交えて色々と説明をしてくれているのも本書の特徴。
特に初代将軍 徳川家康公はべた褒めです。ざっと並べると、オールスター感があります。

  • 孔子 (あらゆる章に登場)
  • 孟子
    • 第1章 処世と信条 「人物の観察法」
    • 第3章 常識と習慣 「親切らしき不親切」
  • 徳川家康
    • 第1章 処世と信条 「士魂商才」
    • 第6章 人格と修養 「東照公の修養」
    • 第10章 成敗と運命 「成敗は身に残る糟粕」
  • 豊臣秀吉
    • 第2章 立志と学問 「秀吉の長所と短所」
    • 第10章 成敗と運命 「成敗は身に残る糟粕」
  • 松平定信 (楽翁公)
    • 第6章 人格と修養 「楽翁公の幼時」
  • 乃木希典(乃木大将)
    • 第6章 人格と修養 「すべからくその原因を究むべし」
  • 西郷隆盛
    • 第6章 人格と修養 「二宮尊徳と西郷隆盛」
  • イエス・キリスト
    • 第7章 算盤と権利 「仁に当たっては師に譲らず」
  • フランクリン・ルーズベルト (第32代 アメリカ合衆国 大統領)
    • 第7章 算盤と権利 「金門公園の掛札」
  • ジョン・ワナメイカー(第35代 アメリカ合衆国 大統領)
    • 第8章 実業と士道 「ここにも能率増進法あり」
  • 熊沢蕃山 (岡山藩の家老・陽明学者)
    • 第9章 教育と情誼 「その罪果たしていずれにありや」

100年の時を越えたエール

私は、これからも多くの決断・選択をしていくことでしょう。
得るもの・失うものだけを天秤にかけるのではなく、その中に「道理」を加えて考えたく感じました。
その結果がどうなるかはわかりません。ただ、納得感を持って前に進めそうな気がします。

本書はどこかお説教っぽい感じに捉えられる表現もありました。ただ、その1文1文は後世を生きる我々に対するエールでもあります。最後の章で語っている文書は、激動を生きた渋沢栄一さんが、そっと背中を押してくれてるように感じました。

とにかく人は誠実に努力黽勉して、自ら運命を開拓するが宜い。もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬためと諦め、また成功したら智恵が活用されたとして、成敗に関わらず天命に托すがよい。かくて敗れても飽くまで勉強するならば、いつかは再び好運に再開する時が来る。

論語と算盤 成敗と運命「成敗は見に残る糟粕」より引用